イリヤ・レーピンの『トルコのスルタンへ手紙を書くザポロージャ・コサック』解説~ロシア美術館所蔵

はじめに

今回はイリヤ・レーピンの『トルコのスルタンへの手紙』を解説します。

ロシア美術館、Wikipediaより引用

イリヤ・レーピンとは?

イリヤ・レーピンとは?

イリヤ・レーピン(1844-1930)はロシアを代表するリアリズムの画家。

彼が暮らしていた屋敷は第一次世界対戦後フィンランド領になり、そのため彼はどんなに招致されてもソ連へ帰ることはありませんでした。

代表作

『ヴォルガの舟曳き』

『ヴォルガの舟曳き』(1870-73年頃)

『イワン雷帝とその息子』

『イワン雷帝とその息子』(1885年、トレチャコフ美術館所蔵)

『トルコのスルタンへ手紙を書くザポロージャ・コサック』解説

舞台

時は1667年ロシア。

黒海に近いドニプエル川下流の地ザポロージャに、ウクライナ・コサックが本営を置いていると、トルコが攻めてきました。激戦のさなか、敵のスルタン、メフメト4世が「降伏して臣民になれ」と勧告してきたのに対し、誇り高いコサックたちの怒りは爆発。さっそく返事を出すことに。

とはいってもコサックのアタマン(頭目)は字が書けません。いつも通り書記に口述筆記を頼みます。

「おまえらが悪魔の糞を喰らおうと、こっちの知ったこっちゃねえ。だがな、善きクリスチャンたる俺たちを支配できるなんて考えは、金輪際持つなよ。このブウタレ音たれる肛門ロバ野郎め。肉屋の野良犬ふぜいが!」

以下、延々続く下品きわまりない罵詈雑言に周りの仲間が腹を抱えているという図。

『トルコのスルタンへ手紙を書くザポロージャ・コサック』(イリヤ・レーピン、1880~91年、ロシア美術館所蔵)

モデル

画面中、微笑みながらせっせと羽ペンを動かす、おかっぱ頭に鼻髭、小柄で人の良さそうな顔の書記は、この絵を描いたレーピンが取材のため訪れた「ウクライナ史」の教鞭をとるコサック研究家エヴァルニツキー。

書記の後ろでパイプを加えて身振り手振りで口述筆記をさせている老人のモデルは、ロシア中を放浪して舟曳き、曲馬師、兵士、役者などをやりながら数々のノンフィクション小説を発表し、政府から発禁処分を受けたこともある野生児ギリャロフスキー。

『トルコのスルタンへ手紙を書くザポロージャ・コサック』解説

大笑いしている男たちが多い中で、画面左側やなどに何人か笑っていないものがいます。これは彼らがアジアなどの遠方出身で、ロシア語能力が十分ではなかったため。レーピンの芸の細かさが光ります。

トルコのスルタンへ手紙を書くザポロージャ・コサック』(イリヤ・レーピン、1880~91年、ロシア美術館所蔵)

背景には多くの馬が走り埃っぽい印象を与えます。テーブルのところどころささくれ立った木の感触も生々しいです。コサック個人個人が日本刀のように反り返った長剣やナイフ、槍、鉄砲などを携えています。

この作品は発表後たちまち人気を呼び、レーピンは本作以外に二点のヴァージョンを描くことになりました。コサックらしい自由闊達とユーモア感覚、豪胆さと仲間意識、そうしたものへのレーピンの強い共感が見るものを魅了してやみません。

参考文献

「怖い絵」でおなじみ、例のあの方の本

今回参考にしたのは「こわい絵」シリーズで有名な中野京子さんの『名画の謎 陰謀の歴史篇』です。もっと詳しく知りたい、という方は是非ご覧ください。