目次
はじめに
今回は日本の21代天皇、雄略天皇を解説していきます。
雄略天皇 解説
どんな人?
暴君の誕生
雄略天皇は先代、安康天皇の弟です。
安康天皇が眉輪王(まよわのおう)に暗殺された際に、眉輪王はもとより、兄の坂合黒彦皇子(さかあいのくろひこのみこ)、八釣白彦皇子(やつりのしろひこのみこ)までも暗殺の黒幕と見なして殺害、さらにライバルを排除して自身が皇位につくなど、その暴君っぷりがよく知られています。
即位後も、宮中に招き入れようとしていた百済の王族の娘・池付き媛が臣下と通じたことに怒り、ふたりを焼き殺すなど、意にそぐわぬ臣下は容赦なく殺していきました。
国力強化
その一方で、養蚕を奨励して経済発展を促すなど国力の充実にも努め、外交面においても鉄資源を求めて朝鮮半島へ遠征軍を送るなど、精力的に活動しました。
西暦
雄略天皇は生没年は418〜479年、在位年は456〜479年とされています。
実在はしたのか?
雄略天皇は実在する人物だとされています。
『宋書』倭国伝の「武」
中国の『宋書』倭国伝にある「安東大将軍 倭王・武」は雄略天皇だとされています。
鉄剣 獲加多支鹵大王
それに加えて、埼玉県の稲荷山古墳から出土した鉄剣に記された「獲加多支鹵大王」(わかたけるおおきみ)は雄略天皇だとされており、5世紀後半に活躍したと推測されています。
参考文献
この記事は『ビジュアル百科 写真と図解でわかる!天皇〈125代〉の歴史』(山本博文監修)を参考にしています。
歴史に詳しくなくても気軽に読める本です。天皇に興味ある方は是非。