「美を紡ぐ日本美術の名品」〜狩野永徳『唐獅子図屏風』を解説・レビュー

はじめに

今回は東京国立博物館で開催中、「美を紡ぐ日本美術の名品 雪舟、永徳から光琳、北斎まで」に展示されている狩野永徳の『唐獅子図屏風』について解説していきます。

『唐獅子図屏風』解説

読み方は?

「からじしずびょうぶ」と読みます。

何文化?

安土桃山文化の作品です。

英語で何という?

「唐獅子」は英語で Chinese Lionとなります。この絵の場合は二匹いるので Chinese Lionsとなります。

北京の紫禁城にいる Chinese Lion

余白の美は日本の美

『唐獅子図屏風』

まばゆい金箔の金雲が立ち込める岩山を闊歩する二頭の獅子。風になびく渦巻くたてがみと尾、斑点模様の体躯には力強い筋肉の存在を感じます。唐獅子図は中国伝来のモチーフではありますが、金雲による余白の美や力強さからは日本的な美を感じることが出来ます。

秀吉の威光〜相手をびびらせたモン勝ち

本作品はいわゆる障壁画というもので、城郭内部を飾る屏風に描かれたものです。

秀吉が本能寺の変を聞きつけ畿内に戻る際に毛利輝元に送ったという伝承があったり、屏風としては異例な大きさ(224×453cm)のため、先陣に置く陣屏風ではなく、大阪城や聚楽第など、秀吉が造営した大広間を飾る障壁画だったとする説など、様々ないわれがありますが、いずれにせよこの障壁画の前に座った秀吉はさぞ迫力満点だったことでしょう。対面した相手が武将や宣教師だったにせよ、相手に強烈なインパクトを与え萎縮させ、交渉を有利に進めるためには極めて有効な舞台装置だったと言えます。

豊臣秀吉
障壁画はアウェーの雰囲気を作り、相手を萎縮させる

悲運の天才・狩野永徳

『唐獅子図屏風』を描いたのは狩野永徳。戦国時代から安土桃山時代と激動の時期を生き抜きました。信長、秀吉など超大物に認められ、彼らのために作品を手掛けます。

しかし、そのプレッシャーからか1590年、秀吉が天下統一を果たした年に過労死で亡くなってしまいます。48歳でした。

悲運だったのが、彼が命がけで製作にあたった安土城や大阪城が失われ、作品も失われてしまったこと。

本能寺の変で安土城は火の海に

つまり、『唐獅子図屏風』は戦国、安土桃山時代最高の画家であった永徳の、現存する数少ない超貴重な作品なのです。

実物を観た感想

まず、チケットを見せて足を踏み入れるといきなり左手に現れるのでビックリします。屏風のサイズも予想以上でさらに驚きます(224cm×453cm)。

第一印象しては「あれ、そんなに恐くない?」と思いました。さぞ迫力満点で圧倒されるのかと思いきや、どちらかと言うと包み込んでくれるかのような壮大さを感じます。

これはおそらく柔らかく丸みのある線を用いているからかなーと思います。たてがみもクルクルしていて可愛い笑

ただ、胴体に注目してみるとやはりマッチョで筋肉描写が冴え渡っています。血管が浮き出ているかのように見えなくもありません。胴体が短い分、ゴリマッチョの様相を呈しています。

そして左側の獅子の目の前にいってみるとやっぱり怖い。目力が半端なかったです。割りと真面目に「やばい、喰われる」と感じます。実物を鑑賞する際は是非獅子と睨み合ってみて欲しいと思います。

東京国立博物館
外国人の方も多く何だか誇らしいというか嬉しくなります

参考文献

この記事は以下の本、文献を参考にしています。

日本美術に興味を持ったかた、展覧会などに行ってもっと詳しく知りたくなった方は是非ご覧になってください。