ショパン『革命のエチュード』解説〜成立、背景、込められた意味は?

はじめに

今回はショパンの『革命のエチュード』を解説していきます。

ドラクロワ作

『革命のエチュード』解説

成立

『革命のエチュード』と呼ばれる練習曲(エチュード)は、ショパンが1833年に出版した『練習曲集』10-12の最後の曲です。「革命」というニックネームは、ショパンの友人であるフランツ・リストが付けたものとなっています。

フランツ・リスト

背景

11月革命勃発

ショパンの祖国であるポーランド立憲王国は、当時形式上は国であったものの、ロシア皇帝がポーランド国王を兼ね、実質的にはロシアの一部となっていました。

そんななか、1830年11月29日にポーランドの人々はロシアに反旗を翻し、首都ワルシャワのべルヴェデル宮殿と武器庫を襲撃。

この11革命勃発直前の11月2日に、ショパンは自由な音楽生活を求めてウィーンへと旅立っていました。

込められた意味は?

旅先のウィーンで蜂起の報に接したショパンは激しく心を揺さぶられ、自身も祖国に帰って同胞とともに戦いと望みます。しかし、体の弱いショパンは友人にも制止され、その願いは叶いませんでした。

やがて、ショパンはこの蜂起がロシアによって鎮圧されたと知ります。その怒りや悲しみが表現されているのが『革命のエチュード』だと言われています。

近年ではこの曲を書く際に、ショパンは特に革命は意識していなかったという説も挙げられていますが、それでも、激しく動く旋律は強い感情を表現するのに適している曲と言うことが出来るでしょう。

参考文献

この記事は『366日の西洋音楽』(久保田慶一監修)を参考にしています。


 

 

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