ガブリエル・フォン・マックスの『アンナ・カタリナ・エンメリッヒ』を解説~芸が細かい

はじめに

今回はミュンヘン、ノイエ・ピナコテーク所蔵、ガブリエル・フォン・マックスの『アンナ・カタリナ・エンメリック』を解説していきます。

ノイエ・ピナコテーク館内

ガブリエル・フォン・マックスとは?

ガブリエル・フォン・マックス(1840~1915)はプラハ生まれのオーストリア人の画家です。プラハやウィーンで学んだ後、ミュンヘンアカデミーで教鞭をとりました。

後年、貴族に列せられたため苗字の前に「フォン」がついています。

『骨格標本の後ろにたつ猿』(ガブリエル・フォン・マックス、1900年頃、個人蔵)

『アンナ・カタリナ・エンメリック』解説

アンナ・カタリナ・エンメリックとは?

アンナ・カタリナ・エンメリックは貧富の家に生まれました。彼女は貧しい生活を送りつつも、華やかに行われるミサや教会行事へと通うことを日課としていました。この頃、一人で祈っている最中、「聖母マリアが連れてきた幼子イエスと遊んだ」「さまざまな聖人たちと遊んだ」とのちの彼女は語っています

生家、Wikipediaより引用

十六歳ごろになると修道女となる決意を固めます。修道院に入るためには持参金が必要となるため針仕事で必死にお金を貯めます。しかしお金が少なすぎてどこからも受け入れられず

そのまま7、8年が過ぎます。そんな時、エンメリックは祈っている最中にイエスに遭遇します

イエスは花冠と荊冠を差し出し、どちらかを選べと言われたエンリックはまよわず荊の方を選択。それを被ると、荊冠は消えましたが激しい頭痛に襲われ、額やこめかみに磔刑の時のイエスと同じような傷ができました。イエスの苦しみを追体験できた彼女は喜びに打ち震えます。

28歳のときに彼女はなんとか修道院に入れてもらいます。貧しい病人を治療していくなかで彼女自身が衰えていくのを感じます。9年後、修道院が閉まり神父の家政婦に雇われますが、すぐに寝た切りとなってしまい、とある未亡人宅に引き取られ世話になります。そこで彼女は聖痕を受けます

聖痕とは磔刑の際にイエスの肉体に加えられたのと同じ場所に現れる傷のこと。釘を打ち付けられた両手両足、ローマ兵士が槍で軽くついた右わき腹。エンメリックはこれらの場所から、毎週金曜日(イエス磔刑の日)に血が流れたと言われています。

彼女の噂を聞きつけ大きな町から神父と医者がやってきてエンメリックを診察、彼女の症状は神聖なる奇跡だと見なされました。こうして彼女の伝説は後世にまで受け継がれ、2004年にはヨハネ・パウロ二世によって列福され福者となりました(カトリックにおける聖人の次の階級)。

『アンナ・カタリナ・エンメリック』解説

色彩が抑えられた極めて写実的な作品

『アンナ・カタリナ・エンリック』(ガブリエル・フォン・マックス、1885年、ノイエ・ピナコテーク)
映画にも出て来そうなワンシーン

机上の上にはロウソクがあり炎が真っ直ぐ立ち上っています。ロウソクは「信仰」の象徴とされているため、エンメリックの信仰の明確性が示されています

寝たきりのベッドで祈っていたところに強烈な頭痛がやってきたのでしょう。激痛と法悦を感じている様が画家の手によって絶妙に表されていますさりげなくですが包帯の右眉上の部分と左手の甲から血が滲み出ているのが描かれているのにも注目。イエスと同じ場所ですね。

ただ彼女が聖痕を得たのは40歳過ぎなので、そこだけは画家の趣味なのか若い女性として描かれています

参考文献

この記事は『中野京子と読み解く 運命の絵』(中野京子 2017 文藝春秋)を参考にしています。

興味を持った方は是非。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です