第72代天皇、白河天皇とは何者?何をした人?

はじめに

今回は第72代天皇、白河天皇を解説していきます。

白河天皇 解説

どんな人?

白河天皇とは日本の第72代天皇で、15年にもおよぶ親政(天皇が摂政・関白や管理を頼らず、自ら政治を主導すること)を行い、退位後も上皇として40年以上も実権を握った人物です。

院政による専制君主

退位した天皇を上皇(出家後は法王)、または院と呼ぶのですが、院政とは上皇・法王が行う政治のことで、白河天皇から後鳥羽上皇までが最盛期とされています。

後鳥羽

白河天皇は34歳で譲位して院政を開始するわけですが、もともと院政自体が狙いだったわけではなく、愛する賢子の産んだ堀河天皇に皇位を伝えることが目的でした。ちなみにですが、白河天皇の賢子への愛情は相当深かったらしく、賢子が亡くなった時は、遺骸を抱いて離そうとしなかったという逸話が残っているほどです。

白河天皇は譲位後も、堀河・鳥羽・崇徳天皇の3代にわたって院政を行い、専制君主として君臨しました。

白河

前の天皇と次の天皇は?

白河天皇の前の天皇、つまり第71代天皇は後三条天皇です。

次の天皇、つまり第72代天皇は堀河天皇ですね。ちなみに73、74代天皇は鳥羽、崇徳天皇。この72〜74に渡って白河は院政を行いました。崇徳は百人一首に歌が掲載されています↓

堀河天皇は白河天皇と愛する賢子の子供であり、父から譲位を受けて天皇となりましたが、多くの期間は白河による院政の傀儡だったといわれています。

寺社の建立

白河天皇は仏事に熱心で八角九重塔を持つ法勝寺をはじめ多くの寺社を建立したことで知られています。

応仁の乱以後、廃絶したためレプリカ

その一方で、女性関係には奔放だったらしく、鳥羽の中宮・待賢門院璋子の密通して崇徳をもうけたと言われており、保元の乱の遠因を作ったと考えられています。

参考文献

この記事は『ビジュアル百科 写真と図解でわかる!天皇〈125代〉の歴史』(山本博文監修)を参考にしています。

歴史に詳しくなくても気軽に読める本です。天皇に興味ある方は是非。

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