ベートーヴェン交響曲第3番「英雄」を解説〜ナポレオンとベートーヴェン

はじめに

今回はベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」を解説していきます。

交響曲第3番「英雄」 解説

ベートーヴェン一番のお気に入り

ベートーヴェンは生涯で9つの交響曲を作曲しましたが、その中でも第3番は一番のお気に入りだったと言われています。

ウィーン学友協会所蔵

ナポレオンとベートーヴェン

この交響曲第3番「英雄」は元々ナポレオン・ボナパルトのことを指しており、まさに彼のために作曲されたと言われています。

ベートーヴェンは若い頃、不安定な生活や病気など、様々な苦労を味わってきたと言われています。そんな彼にとって、下級軍人からフランスの民衆を率いる将軍になった同世代のナポレオンはまさに生きる希望に見えたことでしょう。

ナポレオンはフランス革命の動乱を収拾し、ヨーロッパ全土に勢力を拡大させていきます。ベートーヴェンはナポレオンのこうした勢力拡大を「自由」「平等」というフランス革命の理念をヨーロッパ中に広げるものとして好意的に見ていました。そして、交響曲「第3番」の作曲に取り掛かります。

当初、この曲は『シンフォニア・グランデ(大交響曲):ボナパルト』と名付けられていたことからも分かる通り、ナポレオンのために作られていました。

しかし、曲の完成直後、1804年、ナポレオンはフランス皇帝の座についてしまいます。

ベートーヴェンはこれを市民の自由と平等という革命の理念を裏切ったものだとして激怒。書き上げた自筆の楽譜の表紙にあったナポレオンへの献辞をペンで消し、曲名を『シンフォニア・エロイカ(英雄的な交響曲)』に変えてしまいました。それ以来、交響曲第3番は「英雄」や「エロイカ」と呼ばれるようになりました。

ただ、この交響曲第3番の第2楽章は葬送行進曲になっており、これは英雄の死を予見したため、という説もありますが、逆に、この葬送行進曲が皇帝となったナポレオンに失礼なためナポレオンへの献辞を消したという説もあります。

カラヤン

参考文献

この記事は『366日の西洋音楽』(久保田慶一監修)を参考にしています。

音楽の知識がなくても気軽に学べる本となっています。興味のある方は是非。

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